アセンション

こんな言葉を聞いたことはあるだろうか?

「アセンション」

日本語で言うと次元上昇。
この世界は3次元の世界であるが(2次元の世界に行きたい人もかなり居るがどうでもよろしい)
アセンションすることで5次元(神が見えるレベル)の世界にいけるだとか。

にわかに信じがたい話ではあるが、もし本当のことならば何が起こるか?

霊体になり、肉体の無い存在になる。
通貨も要らなくなり、欲しいものは想念が作り出してくれる。
唯物主義世界ではなくて、唯心主義世界になる。
ものを食べなくてもいい、眠らなくてもいい、病気もない、普通は痛みも苦しみもない。
与える政治、与える経済で、金銭は不要となる。税金なども一切なし。
政治、経済、行政、祭祀はみな一つになる。
すべて自主的な方針により運営される世の中となり、苦役としての労働はなくなる。
1人1人が自然な形で信仰を持つ。ただし、今ような宗教や教祖は全て無くなる。
それぞれの国や民族によって固有の信仰形態ができる。ただし、今のような宗教対立はなくなり、互いに霊性を切磋琢磨し合い、助け合うような形となる。
裁判所、警察、刑務所などは必要な無くなるために存在しない。
体から発するオーラにより、その人の身分や霊格、職掌などがわかる。
無益な殺生は無くなる。食用のためと称する、と畜、漁、狩猟などは無くなる。
全ての人類のみならず、動物、草木、虫までもが共に和し、楽しむ世となる。
肉体が無いために寿命も無く痛みも無い。
霊能力や超能力が自分に甦る。
今のような大便小便までも変わり、不潔なものが無くなる。
必要に応じた天候気象となり、寒暖は穏やかとなる。


いろいろあるがよく分からん。
もう少し何か調べる必要があるようだ。
死後の世界的な何かだろうか?



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サイエントロジーって何ぞや?

鳩山夫人がサイエントロジストって話は聞くが、
それではサイエントロジーって何だ?
と思ってもおかしくないだろう。


wikiから拾ってきた

サイエントロジー(Scientology)は、L・ロン・ハバードが創始した新宗教である。アメリカに本拠地を置いている。
使用されている用語など、見たところは伝統的な宗教よりも自己啓発セミナーに似ている。実際、サイエントロジーで実践されているダイアネティックスがその最初期の形態だった頃、「これは科学である」と彼らは主張していた。


宗教としてのサイエントロジー
教会側はサイエントロジーは現存する世界の主要な宗教と比べても全く遜色なく、そのような宗教の教義と何ら衝突する類いのものではないと主張している。しかしながら、サイエントロジーには世界の主要な宗教、特にいわゆる唯一神信仰である宗教との信条、教義における著しい相違が見られるため、世界の主要な宗教とは相容れないものであるとされる。 それと関連してサイエントロジー教会において他の伝統的な宗教はカモフラージュのためにそれを信じているように見せかける以外は許容されず、信者達がサイエントロジー以外の宗教の行事、式典等に参加することは禁止されている。

しかしその実態は・・・


1965年、オーストラリアのビクトリア州はいわゆる「アンダーソン・レポート」として、オーディティングの過程には 洗脳 を行うという行程が含まれており、それによってオーディティングを指導するカウンセラーは被験者に対してサイエントロジー教会側に加担する考えを刷り込んでいるとの声明を発表した。その声明の中でビクトリア州は「サイエントロジーとダイアネティックスは洗脳行為を伴っており危険であると断言でき、そもそもほとんど異論を挟む余地はないが、両者が主張している技術の科学的根拠は、幾人かの然るべき専門家に聴講を求めた所、名目上単なる洗脳行為と何の違いもないものであるという結論に到達することは不可避である。実際サイエントロジー教会の提唱する技術のほとんどが洗脳行為であり、結局L・ロン・ハバードは名称をサイエントロジー、ダイアネティックスと変更しているだけでその実洗脳行為であることに変わりがない」と述べている。

カルト・アウェアネス・ネットワーク(Cult Awareness Network、通称CAN)は他の団体に比べサイエントロジー教会に関する批判を数多く展開 していたことで知られた。CANはサイエントロジーを 最も危険なカルト教団 としてリストアップしていたが、1996年ペンテコステ派の教団に属する若者が「CANに拉致されて脱会プログラムを施された」と訴えた結果、継続する裁判の費用支払うことができなくなり破産することとなり、その結果サイエントロジー教会を含むキリスト教系、仏教系の関連団体に主導権が移り現在では教会側を宣伝する新しい団体として活動をしている。実際、集団自殺や家族を敵視するよう信者に教え込む集団があるために家族すら面会できない状態があり、CAN自体は家族の同意のもととはいえ、洗脳状態で教団から離れられない信者を救出する手段として拉致・監禁までおこなうなど毒を持って毒を制すカルト的側面のある団体だった。


まあそんなことだと思った。

しかし鳩山夫人

太陽を食べるって何だ?





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モナド論

ライプニッツの哲学の基礎の一つにモナド論というものがある。
モナド論とはどういうものなのか?
順を追って説明していこう。

まず、モナドとは何ぞや?

モナドとはそれ以上分裂することのできない単純な存在(アトムのようなもの)であり、
世界を構成するものである。そしてモナドは自然に生成消滅をしない。
一度に創造され、一度に消滅する。また、同じ性質をもつモナドは一組もない。
この確実な必然性を持つモナドの集合体・・・これが神である。

つまりどういうことか?

ライプニッツは変わった考えを持っており
原因→結果ではなく
結果→原因と遡っている。
そこから究極の原因を見つけ出し、それを神とする。
この神は一切の制約や限界は存在しないので無限であり完全である。
無限の能力によって最善のことを行う。

弁神論について
悪の存在に対して、いかに神が正義かを証明することを弁神論という。
悪が存在する理由もこの弁神論に基づいている。

なぜ悪が存在、容認するのか?
神は人間が悪いことをすると、罰を与えたのち、

神「この人間は悪いことをしました。そして悪いことをすると罰を与えられる。よって人間は善いことを行うべきである。」

簡単に説明するとこういうことである。


さてクイズ

もし神と会話できるとして
「神ですら持ち上げることのできない岩を作ってください。全知全能のあなたなら出来ますよね?」

もし作ったなら持ち上げることができない。よって全能でなくなる。
作れないとなると全知全能でなくなる。
↑神の定義に反する。

さてどうなるでしょう?


正解:岩を作ったのち、神がパワーアップして持ち上げる。

神「もう昔の俺じゃない!」

とでもいうのか。



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スピノザの神論と自由意志論

スピノザといえば著書「エチカ」で有名だが、
どのようなものかを引っ張り出してみた。

まず可能性と偶然性についてから

上記の概念は「人間の知性に欠陥があるからであり、神は必然性しか持たない。」

わかりやすく説明すると
52枚のトランプを裏のまま一枚選択した場合、大半の人間は何のマーク、数字かはわからないはずだ。しかし神は、必ず何のカードかを当てることができる。

そして必然性これが自由であると。
真に自由なのは神だけである。

次に自由意志論について

スピノザの考え
「人間に自由はない。だが人間の意志に自由はある。」

神によって行動や考えが決められている。

まさに「運命は神によって決められている」とでもいうべきか。
おぜう様真っ青。

しかしそれだと人間は後悔しないし、努力する必要がなくなる。
神によって決められているのならどれだけ努力をしようが結局は同じになると考えてもいいはずだ。


善悪論について
「善とは我々にとって有益であることを我々が確実に知っているものと解するであろう」
「悪とは我々がある善いものを手に入れるために、妨げとなるのを確実に知っているものと解するだろう」

これを見ただけでは意味がよくわからない。

善と悪の判断は理性の働きによるものであり、本能的なものではない。
理解力が乏しいと善と悪の判別がつかないとでも言いたいのだろうか?

小さい悪は「善」
小さい善は「悪」
これらが人間の不十分な認識ゆえにできるものだという。

わからんでもない。

グダグダな文章だが今日はこの辺で

ノシ


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デカルトの自我論

デカルトといえば
「我思う、ゆえに我在り」の名言で有名だが

ではデカルトの自我論とはどのようなものか?

「疑えるものを虚偽だとして感覚や幾何学、夢、外界のものを否定していく。」
「そして残ったものが自分自身だけとなりこれだけは疑うことのできない確実なものらしい。」

自分以外のものを全て疑ったら多分生きていけないだろう。

もちろんデカルトは百も承知なので・・・
これらはあくまでも身体的な要素と精神的な要素(心身二元論)に分けられているとのこと。(間違ってるかもしれない)

デカルトについては方法序列を読めばいいと思うが最初の方はただの自慢話にすぎない。


デカルトの自由意志論について
感覚や理解などの「悟性」と欲求や忌避、否定などの「意志」に分けられる。
簡単に表すと悟性(理性)と意志(本能)の2つのシステムで成り立っている。
人間は自由であるが悟性の適用範囲外にまで意志を広げると人間は間違いを犯す。

他の自由意志論に比べると非常にわかりやすいと思う。

しかしデカルトはこれとは真逆の「予定説」を擁護している。

いったいどういうことなのか?
いまだにわかっていない。

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将棋の奥の奥まで研究

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